OSINT(オープンソース・インテリジェンス)は、一般に公開され誰でも利用可能な情報から、必要な情報を収集する手法を指します。これまで軍事やセキュリティ分野を中心に使われていましたが、最近では企業が発表している財務データや広報データをもとにサプライチェーンの分析を行う企業が出てくるなど、ビジネス分野でもOSINTの活用が進んでいます。
オシンテックはRuleWatcherを通じ、環境、社会、ガバナンスといったESG分野でのOSINT活用を推進しています。今回、サステナブルな素材のライブラリーを運営されているMaterial ConneXion Tokyo代表の吉川 久美子さんにお越しいただき、オシンテック代表の小田 真人と素材を巡るトレンドやサーキュラーエコノミー(循環型経済)についてお話しいただきました。
吉川 久美子さん Material ConneXion Tokyo(運営会社:株式会社エムクロッシング)代表取締役。前職にて樹脂成形品に転写する加飾フィルム事業部に所属し、家電や自動車メーカーのデザイン部門に対し、CMFデザインの提案を行う部署を立ち上げる。2013年MCX東京の設立に携わり、2015年4月代表取締役に就任。さまざまな領域の素材をクロスボーダーに活用する提案でイノベーションにつなげるマテリアルコンサルティングを行う。 Webサイト:https://jp.materialconnexion.com/
小田 真人 オシンテックCEO。2012年から6年間のシンガポール赴任時に、環境などでルールで締め出される日本のビジネスに直面。環境問題などに本質的なアプローチで望むため、ルールの領域のITを活用した旗振り役を自ら務めるべく18年株式会社オシンテック創業。神戸情報大学院大学の客員教授としてインテリジェンスの探究にも従事。 Webサイト:https://www.osintech.net/
「持続可能な"素材"はないの?」の声に応える
小田:吉川さんの会社では、ものすごくたくさんの「素材」に特化したライブラリーを展開されているんですよね?
吉川:はい。Material ConneXion Tokyoは「Every Idea Has A Material Solution」をブランドステートメントに掲げ、素材に特化した事業を行っています。
吉川:Material ConneXionは、1997年にニューヨークでスタートした企業です。
小田:そんなに歴史があるんですか。
吉川:そうなんです。現在、東京の他にタイ、スペイン、韓国、イタリア、スウェーデンの7拠点を持ち、私たち、Material ConneXion Tokyoは2013年に設立されました。主な事業として「会員制マテリアルライブラリーの運営」「素材提案コンサルティング」「素材の用途開発コンサルティング」の3つを行っています。
小田:素材特化の会員制サービスなんですね。
吉川:マテリアルライブラリーでは、実際に素材に触れる常設マテリアルライブラリーとオンライン上で見れるデータベースがあり、「革新性/改良性」「用途展開可能性」「サスティナビリティ性」の観点から選ばれた素材が、東京のライブラリーには3千素材、データベースには1万素材、展示されています。
小田:すごい数ですね。
吉川:材質ごとに8つのカテゴリーに分類されていますが、その中に加工技術のプロセスというカテゴリーもあります。また、素材の説明として、どういう材料でできているか、組成や製造方法、取得認証、どのような用途に使われるかがまとめられています。
吉川:設立当初からサステナビリティを軸にしていたこともあり、サスティナビリティに関する項目が14項目、設定されている点も特徴です。
小田:サステナビリティ性は、ありそうで無かった軸ですね。
吉川:はい、そこが特徴的なところだと思います。サステナビリティに対して素材の面からどのようにアプローチができるかわかりやすく設計されています。
環境負荷を下げた素材が利用できるか
次のサイクルにどう回せるのか、あるいは分解されるか
耐久性や軽量化がされているか
ライフサイクル全体でカーボンフットプリントを減らせるか
このような視点で素材が検索できるようになっています。
小田:サステナビリティだけでも、多様な視点で検索できるんですね。
吉川:「素材提案コンサルティング」では、ファッション、プロダクト、自動車、インテリア、家電といった製品メーカーのデザイン部門の方に対して、要望に沿った素材の提案を行っています。素材は製品の性能を決める重要な要素ですが、同時に素材からアイディアを得て製品を生み出すこともできます。Material ConneXion Tokyoでは、「新製品のインスピレーションを生み出す素材提案」と「製品の課題を解決のための素材提案」の両方からサポートしています。
そして「素材の用途開発コンサルティング」としては、素材メーカーの方向けにサポートを行っています。素材の提案を通じ、さまざまな業界の製品メーカーの方、デザイナーの方とのコネクションがありますので、そういう方たちと素材メーカーの方を繋ぐイベントを行ったり、個別に企業のマッチングさせたりというようなことを行ってます。
「リサイクル素材が欲しい」という、問い合わせが急増
小田:吉川さんは、Material ConneXion Tokyoの立ち上げ時から関わられていると思うんですが、その間にどういった変化を感じていましたか?
吉川:設立当初からサステナブル素材に関するイベントは行っていましたが、2018年頃からサステナビリティへの関心が高まっているのを感じて、2019年にサステナブル素材のセミナーを開催いたしました。CIRCULAR ECONOMY JAPANの中石和良さんに登壇いただき、参加者も多く反響も大きいイベントとなりました。
吉川:当時、素材メーカーさんに参加のお声がけしても「うちはまだそういう素材がなくて」という声が多く、天然由来の素材や、焼却するときにCO2を吸収する材料が中心で、みんな手探りで「サステナビリティってどうすればいいの?」という状況でした。
小田:たしかに、ここ数年で雰囲気が変わってきましたね。 吉川:そうですね。翌年2020年のサステナブルマテリアル展には、UACJ社にも出展いただきアルミのリサイクル素材を紹介していただいたのですが「バージン素材の3%のエネルギーで再利用可能」というもので、リサイクルの可能性を強く感じました。
実は最近、お客様からのニーズとして一番大きいのがリサイクル素材なんですね。特に樹脂のリサイクルに注目が集まっています。ただ「リサイクル素材で手に入るものありませんか?」という問い合わせがすごく増えていて、なかなか入手できないような状況でもあります。
リサイクルの先を読み、着手する企業はまだ少ない
小田:2019年にセミナーされてた頃と今とでお客様の反応が大きく違うのは容易に想像できますね。2020年10月に当時の菅総理が出した「カーボンニュートラル宣言」から風向きが変わっていったんだろうなと。私たちも当時「これからこういう素材が手に入りにくくなりますよ」「先に手を打っておかないと駄目ですよ」という話をしてたんですけれど、今もうそれが起きてきているのを感じます。
吉川さんの目から見て、今のリサイクル素材への需要の高まりをどのように見ていますか。本当の「持続可能」に向かっているのでしょうか?
吉川:環境負荷低減の取っ掛かりとして、リサイクル素材や植物由来の素材を使うのはいいと思います。そこから次のステップとして「自分たちが作ったものをきちんとリサイクルやリユースに回していく必要がある」ということをお伝えしています。どんな素材を使うかだけではなく、剥がしやすい構造だったり、分解しやすいものだったり、設計が大きく関わってくる分野なので、着手できている企業はまだ多くないという印象です。
サーキュラーエコノミーで重要視される「リジェネラティブ」
小田:リサイクルという話がでましたが、サーキュラーエコノミー(循環型経済)では、リジェネラティブ(再生)という単語がよく出てくるようになりましたね。
吉川:そうなんです。サーキュラーエコノミーではよく目に触れる機会が多い単語なんですが、まだまだ知られていませんね。
小田:これは、弊社のRuleWatcher※を使ってリジェネラティブと関連するキーワードを分析したものです。
※RuleWatcherとは、政府や団体が発信する世界のルール形成に関わる情報を、過去データも含め、「分析」「探索」することができるリサーチャー向けの情報可視化システム。
小田:RuleWatcherには、「サーキュラーエコノミー」というルールトレンドのテーマがあり、その数万件のデータから、リジェネラティブ(環境再生)について言及されている情報を切り出してビジュアル化してみたんですが、色々な単語が出てきて興味深いでしょう?
「事業活動」「素材と工程」それから「サプライチェーン」など産業に関連した言葉が出てきているのが特徴です。視野を広げて、サプライチェーン、プロダクトバリューチェーンを見て、素材を考えていく必要があるし、世界のトレンドはそうなっていると。
吉川:お客様とリジェネラティブの話をしてると、植物由来の素材などの話には繋がるんですが、工程とかやサプライチェーンにまで話が行くことはまだ少ないように感じますね。
小田:日本でのサーキュラーエコノミーはまだ物のリサイクルの話で止まってしまっていて、そのバリューチェーン全体を再設計し直すという意識が足りないという指摘が以前からありますよね。
自分たちで循環させ、作るところ、修理するところ、データ収集まで全て請け負うモデルに変革されている企業もあるんですけれど、素材も循環全体を考えた上で選定することが大事になると思います。
修理しやすいか、長く使えるか、単一素材か、という視点がトレンドになる
吉川:その素材が修理がしやすいとか、1つの素材をどう長く使っていくか、それをビジネスにどう繋げるかというところが、欧州では強く意識されているように感じます。
小田:先ほど、ライブラリーの分類の中に「プロセス」があるというお話がありましたが、重要な視点になりますね。太陽光パネルを例に上げると、脱炭素の流れで太陽光パネルが増えているんですが、ダメになった時のことも考えておかないと元も子もないわけです。大量の産業廃棄物が出てしまうことは避けなければいけない。そこで、太陽光パネルを綺麗に剥がせる技術が用いられていると。素材や機能だけでなく、「綺麗にはがせる」という加工プロセスが付加価値になっている例です。加工技術やプロセスがわかるのは強みですよね。
吉川:そうですね。設計を考える上で加工技術は重要です。例に挙げていただいたような接着剤だと、UV光線などの刺激で簡単にはがれやすくなる素材の開発が進んでいます。
弊社でも、自動車部品で鉄とプラスチックなどの異素材を接着したいという要望は以前からいただいていました。ただ、内容も変わってきていて、以前なら強固に接着できることを求められていたのが、剥がしたいという要望も増えてきています。今までと逆ですよね。そういう流れもあり、易解体(いかいたい)接着剤を開発しているメーカも出てきています。
小田:この数年の大きなトレンドだなと思っています。良い素材の定義が、「長持ちする」とか「耐久性がある」から、「分解しやすい」とか「リサイクルしやすい」というところに移ってきたのではないかと思うんですが、そういった動きは感じられますか?
吉川:日本の素材メーカーでも、リサイクル容易なモノマテリアル化(単一素材化)を進める企業は増えてはいますが、そこに行ってない企業が多いです。「そういうニーズがあるんですね」という段階で、自分たちの素材が見方を変えると売れるということに気づかれてないケースは多いですね。
生物多様性と素材の関係
小田:次はRuleWatcherを使ってバイオダイバーシティ(生物多様性)のテーマの中で、リジェネラティブについて言及されている情報を分析、ビジュアル化したものです。
小田:「土壌炭素貯留」や「サプライチェーン」「世界食料システムと弾力性」などがありますが、再生の先にあるものが非常に興味深いものになっています。「リジェネラティブ」を意識する企業はまだ多くないかもしれませんが、近いうちに意識せざるを得なくなる単語ですね。
素材の文脈でいうと、COP26(第26回国連気候変動枠組条約締約国会議)でも森林破壊ゼロが世界目標になりましたが、それを受けて森林を破壊して作られた可能性のある原材料(森林リスクコモディティ)を使わない流れになるでしょう。素材メーカーとしては、リジェネラティブを考えたときに「自分の素材がどこから来ているのか」に注目しなければいけなくなりますよね。
素材も地産地消、生きものとの共生がカギ
吉川:実は私たちの扱っている素材の中でも、「その地域に自生してる、生育している植物を使ってます」という素材が出てきています。「麻を使ってます」といった時に、もともと地域に自生しているものなのかとか。リジェネラティブのことを考えると、そうした素材が増えていくのでしょうね。
また、リジェネラティブな素材として、海洋で利用できるコンクリートがあります。通常のコンクリートだと生態系をちょっと邪魔しちゃったりするんですが、このコンクリートは表面に凹凸があり、藻や海藻が生えやすくなっていて、周辺の生物にもよい素材で、気候変動や二酸化炭素の排出量低減に寄与するものになっています。
ありふれた素材の価値を再発見する
小田:日本の素材メーカーも、「すでに素材があるのに価値に気づいていない」ということが多そうですね。その点では、多くの製品メーカーの方と話している御社だから気づけるという点が強みだと思うのですが、どうでしょうか?
吉川:素材メーカーの方が今までやってきたことを見直すのは大事な視点だなと思います。最近、ライブラリーに登録された「酢酸セルロース」という素材は、眼鏡のフレームに使われている、ありふれた素材です。以前からある素材なのに、「生分解という機能を持った素材」として新しい価値を見出されライブラリーに登録されました。このように既存の素材でも異なる価値軸で見ることで新しい価値を見出せるというのは面白いですね。
小田:サーキュラーエコノミーのトレンドとして、EUでデジタルプロダクトパスポートの運用、製造元、使用材料、リサイクル性、解体方法等の情報など、部品ごとの詳細な環境関連情報をデータベースとしてまとめていく取り組みが進められています。EUや欧州で先に標準ができ、きっと日本でも同じようなものがやってくるでしょう。その際には、マテリアルライブラリーのデータベースはその先駆けになるんじゃないかと、期待感を持って見ているところです。
吉川:そうですね。これからに向けてライブラリーやデータベースを更新していくのは必要だと考えています。私達もニューヨークのメンバーと一緒に新しい仕組みを考えていきたいなと思いますね。
一次情報から未来を予測し、コミュニティーに還す
吉川:サーキュラーエコノミーは、今までのリサイクルとは異なっていて、完結する循環であることを改めて認識しました。設計から保守、廃棄まで一連で考え、それをビジネスにどう繋げるかということが重要ですよね。 小田:産業革命以降ずっと線形の経済を続けていく先で、限界を迎えたからサーキュラーエコノミーに移行するというところから「世界のルール」が出来てきていると思うんですね。だから、ビジネスを成功させるためにタイミングを捉えて先手を打てるかが非常に大事だなと思います。
じゃあそのタイミングをどうやって計るのかを考えていくと、世界中で発信されている一次情報を読み込む力をつけておく。この力があれば、世界のトレンドを根拠に未来予測を立てることができる。RuleWatherでは、それを読書会という形式でコミュニティにどう伝えていくかをチャレンジしているところです。
吉川:今後国際ルール化で注目されるものの1つがLCA規制(製品やサービスが生まれてから廃棄されるまでのライフサイクルを通じた環境負荷を評価する取り組み)ですが、その評価方法や範囲は国ごとに異なっており、国内でも明確な基準やルール化には至っていないので企業は苦労していると思います。そこで、先行するEU圏ではこのタイミングで、こう変わるんだよという変化点を素材提案の中でタイムリーに伝えることは、私たちの方でもできるかなと。私たちも一次情報を読み込んで、Material ConneXionのコミュニティに還元していきたいと思います。
ーーありがとうございました。
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